三人の魔術師(Die Drei Magier)

”「三人の魔術師(Die Drei Magier)」”

1985の美術賞を受賞している3人専用のボドゲ。名は知られているとは思うんですが、古いせいもあって国内での情報が少なかった謎に満ちたゲーム。
まずは、遊んでみての率直な感想。
20年の月日は如何ともしがたく。ある意味、当方にて取り上げるに相応しい内容。先だって再販の折にプレイする機会があった、国産「おばけ屋敷ゲーム」のプレイ時と同じ気持ちになりました。
「思い出」がないと続けるのがツライ。一言でいうと冗長。
いい機会ですから、内容の紹介をば。



魔法使いとその弟子が各地を探索して回りながら、7枚のタロットカードを集めることが目的。
ダイス代わりに使う「3本の魔法の杖」がこのゲームの全貌といっても過言ではなく。移動の時も、戦闘の時も、魔法をかける時も、全てにおいて大活躍。
ということで、先に杖の形状を説明。
△の棒です。人差し指くらいの長さ。色はプレイヤーに対応する、赤、黒、白の3色。棒の面には謎の模様AとB、そして模様なしで3種。△の各角には謎の切れ込みが。それぞれ、1ヶ所、2ヶ所、なし、の3種。
たった3本の棒から色々な意味やら効果を読み取れるのさ、どうだい奥深いだろうイカスだろう、というのが作者の狙い。たしかにちょっと聞くと「おっ」とか思いますが、実際に遊ぶとその驚きは誤りであったことに気づくレベル。そんなに大した事ないです。偽り。ゲンナリ
ちなみに、以降のゲーム説明の中では特にその「読み取り方」を説明していません。知ってしまうと、皆さんの「もしも」の時の楽しみすら奪ってしまうことになりますからね。ゲーマーならではの経験と勘で、「ピーン」と推測しながら読んでもらえれば幸いですが。


基本的には、ボード上を自由自在に動き回れるスゴロク。9ヶ所のポイントがボード上に規則正しくならんでいて、それぞれは石畳でこれまた規則正しく繋がっています。
そのうちの7つには収集目的となるタロットがありまして。ボード中央は中立の拠点、そして中央からボード端に至ると「迷宮」という名のスタート地点が。
大魔法使いは「魔法使い」というだけあって常に魔法で移動します。具体的には石畳を全て無視して各ポイントをピョンピョン飛び回ると。
で、弟子はというと、基本移動は徒歩。地味に石畳を一歩ずつしか進めないので「弟子ガンバレ」みたいな感じ。
各ポイントで無事に自分の魔法使いと弟子が出会うことが出来たら、そのポイントにあるタロットを受け取れます。人数3人に対して、各ポイントには2枚だけ。もし既に取り尽くされて無くなっていたら、他人から問答無用で奪えます。この辺でなにやらおかしいことに気付きます。


で、次。
弟子はボード上にいくつかある謎の「魔法ポイント」に止まると、魔法を使うことができます。魔法の杖を3本振って、導かれた結果に従うと。全部で3種類。
一つは瞬間移動。任意のポイントに瞬間移動できるという便利さ。
一つは加速。半永続的に移動力が倍になるという便利さ。しかも任意に「倍にする/しない」を選べるという柔軟さまで。
一つは堕落。加速やらの魔法が解けて、スタートという名の「迷宮」に戻されます。
って、なんだこれ。
「堕落」、ってもう魔法ですらないですからね。しかも必ず何かしらの魔法は発動するので、事実上確率3分の1でスタート地点へ。リスク大きすぎ。しかも、この「堕落」というのは通常手番の移動時にも9分の1の確率で発生しましてね。もう、酷いというか、もはや惨たらしい。
だもんで、ゲーム中に飛び交う掛け声は「堕落してしまえ」。っていうか、こういうのを呪詛の言葉っていうんですけどね。


気を取り直して。
戦闘は相手を「迷宮」に送り込む戦いです。各ポイントで魔法使いが出会ったら発生。状況次第では相手からタロットを奪うこともできます。
やることは杖の振り合いです。とにかく振り合い。どちらがより強い魔力をより短時間で引き出せるか、みたいな。負けたら「迷宮」、あげくタロットまで取られるかもなので、必死。まあ、とても単純な戦闘なのですけどね。「大魔法使い」なのに、あまり魔法を使ってない感じがするのがキモ。きっと魔法が強力過ぎて、人里離れた山奥でもないと全力で戦えないのでしょう。極めし者だけが持ちうる苦悩とでもいいますか。
とても奥ゆかしく、これまでの流れを考えれば、期待を裏切らない作りです。さすが。


ということで。移動も、魔法も、戦闘も、説明したので終了。


全体として。
何かにつけてスタートに戻されます。特に弟子。脆弱すぎです。他プレイヤーの魔法使いと、各ポイントで単独で出会っただけでも即座に「迷宮」行き。一緒に味方の魔法使いがいれば先に戦闘が起こるのでリスクは幾分減りますが、それでも。
各ポイントを繋ぐ石畳の距離が長く、ちょこちょことダイスを振っては地味に歩き回るだけに、経緯はどうあれスタートに戻るってのは大打撃なわけですよ。
ただね、こうした「出会う/出会わない」は意図的に避けることはできても、弟子に魔法を使わせることだけはヤメラレナイ。っていうかね、使わないことにはどうにもキツイので、ダメだダメだと分かっていながらも手を出してしまうんですよねえ。もう、何かの中毒にでもなったかのような心境。


「とにかく堕落しない」。これ最重要。でも運なので、無理。
あとは、終盤に向かうにつれて、魔法使い同士の叩きあいやらタロットの奪いあいが激化するので、それを如何に乗り切るかが課題。いや、もうこれが大変でして。戦ったり奪ったりする度に「迷宮」行ってますからね。しかもそれ以外でもバンバン堕落。
途中、ゲーム的に変化があればいいんですが、ないので苦痛。序盤から終盤までずっと同じ調子。だからとても単調、飽きが来るのも早いです。冗長に思うのも仕方のない話。
とにかく「堕落するな」という一念でゲームは進行します。もう、祈るしか。
あ、念つながりで言えばもう一念。「早く終わってくれ」ってな感じで。ツライです。


コンポーネントはたしかにちょっとキレイかも。ボードのイラストとか雰囲気ありますし。でも全てが20年前基準ですからね。いまどきのコンポーネントとは比べようもないです。時の流れは無情。
にしても、無闇に大きい魔法使い駒が腹立たしく。ヤクルトを2本重ねたくらいのサイズ。「大」魔法使いであることを主張したかったのでしょうか。しかしヤクルト2本分ほどは役に立ちません。見た者を驚愕させるだけの巨大な木製コマ。ゲームが進むほどに投げつけたくなること必至です。


とまあ、なんだかんだとボロのカスに言ってみましたが、全ては今時基準の感想であることには留意していただきたい次第。ドイツ本国での反応はともかく、1983年未明の日本導入時であれば斬新なオモシロがあったのではないか、と推測。このゲームを囲んだ人々は、良い意味で「少なからず衝撃を受けた」はずです。なにせ一本道ではなく、自由度がとても高いですからね。スゴロク、なのにプレイヤーの意思がゲームを決める。こりゃスゴイや、ってな感じで。


が、しかし。
こと現在において、もしこれと出くわしてしまったら、そっとしておくのが吉。
とても危険極まりないです。ソレは勇気でなく、無謀。地雷(大)。ゲンナリ